コンディメント

 嫌いなオレンジ色の電車を新宿駅で降りるといつもの通りホームに人が溢れており、私は人にぶつからないよう、前の老婦人にならって 慎重に足を進める。
 老婦人は身長150cmくらいだろうか、私の目の前で多分ちょうど染めたばかりなのだろう、アメリカのホームドラマに出てくるような見事な赤毛が夕日にきらめいている。よく見ると見事な赤毛と赤茶色の部分があり、思いがけず、彼女の白髪の割合を知る。
 私はつま先を進めながら、白髪染めをする前の彼女の髪を思い浮かべる。

アップロードとダウンロードが終わるまで待たないといけないのだ

 「祥子が浮気しているようなんだ。後を付けたいから付き合ってくれないか」と言うとNはさっさと歩き出した。
 祥子はNの母君だ。少々残念な夫と随分残念な長男と平凡だが兄に悩まされて育った長女を持つ、実に聡明でよく出来た母君だ。私の二番目の伯母も「祥子」と言うが、彼女も気難しい夫と美人で聡明な長女と堅実な長男を持つ実に聡明でよく出来た伯母だ。私の身の回りの「祥子」は皆聡明な女性ばかりだ。「翔子」はそうでもない。
 浮気?不倫の間違いでは?と思いながら慌てて後を追う。まさか。君の母君に限って不倫などするはずがない。「何かの間違いでは?」埼玉方面に向かうローカル線に乗り込む祥子を追って隣の車両に二人で滑り込んだ。
 相手は20代だという。そんな若い男に興味があるとは思えない。やはり何かの間違いではと声を落として彼に聞くが、彼は興信所からの報告を受けたとだけ返した。「コウシンジョ……」私は日常的に見聞きする単語だが、まさか彼の口からその単語が出るとは思わなかった。それにしても今回は随分仕業が早い。普段は何の気も回らないのに。それにお金はどうしたんだろう?やはり実母の危機となると男の人は奮い立つものなのだろうか。
 名前を知らない小さい駅で祥子が降りたので私達も慌てて後を追う。祥子は何かのメモを見ながら、しかしすいすいと道を進んでいく。もしかしたら不倫を始めてから初めて相手の家を尋ねるのかもしれない。そう考えたら急に緊張しはじめた。実はとんでもない場に付いてきてしまったのではないか。iPhoneの地図と標識を確認すると、どうやら近くの小学校に向かっているようだ。相手の職場だろうか。
 校門を抜けどこか見覚えのある校舎を見上げていると、祥子はさっさと来客受付を済ませ昇降口から校内に消えていった。祥子の他にもちらほら観光目的の人の姿が確認できる。そうだ、思い出した。ここ、アニメ「けいおん!」の舞台だ。その証拠に昇降口には控えめだがアニメのタペストリーが下がっている。祥子は聖地巡礼に来ていたのだ。
 そういえば今朝、RSSリーダーを流し読みしていた時に、彼女のブログ「祥子絵日記」の新着記事で「流行りのけいおんの映画を観てきました」という見出しを確認したような気もする。なんだ、やっぱり不倫じゃないじゃないか。

インターネットの動画サイトで多摩川のことをタマゾンと呼んでいるのを見かけてから私も多摩川のことをタマゾンと呼ぶようになったのはつい最近のことです。

 というわけで、Nがタマゾンに行くと言い残して消えた。そのままどこをどう歩いたのか知らないが、高村さんに奥多摩の山奥、それマジタマゾン上流だろっていうようなところに呼び出されたらしく、その上殺されたようだ。なんという自業自得。妖怪がうようよしている山に遊び半分で入るからだ。
 高尾山の上から滑空の練習をしていた私はビビビっとその様を感じ取り急いで現場に向かった。少しひらけた砂利敷きの広場に白いバンが停まっており、中でみんな痙攣していた。
 すわ練炭かと思った瞬間、背後から「カーットォ!だめだめ入っちゃ!」という声がし、慌てて2人の若い男女が私に駆け寄り車から引き離す。